最初はサラリーマンだった
最初は楽器会社の社員として調律しよったよ。普通のサラリーマン。13年くらいかなあ。部下もおったし、ノルマもあった。
でも、社長が代替わりしてから、どうも合わんかった。ほんで社長と喧嘩して、会社辞めた。
そう。独立したての頃は自分から直接お客さんに連絡を取って、仕事を貰いよった。専門学校出身じゃないけん同僚もおらんし、協会の会員になってからも異端児みたいなもんや。でもそのうち、口コミで紹介されて、お仕事をいただけるようになったんよ。ありがたいなあ。
↑実家の玄関には独立後の名称「ピアノテクニカル」の看板が立っている。
そうやね。こちらから営業をかけることはほとんどない。今でも口コミで紹介されて、必要としてくれるところに呼ばれて行く、って感じ。個人のお宅や、学校や、音楽ホールなんかにね。
↑音楽ホールにあるグランドピアノは2000万円くらいするらしい。
工夫というか……一つ一つの仕事に手を抜かんってことかなあ。仕事ぶりがよければ、自然と紹介してもらえる。今やっている仕事が、次の仕事を呼ぶかもしれん。やから、ついつい言われてないことまでやってしまうな。
仕事にしろ日常生活にしろ、それは一緒よ。何に対しても、卑屈にならずに真心と愛情を持って接しとったら、なんやかんやうまくいくもんや。
……そうなんかなあ。私はまだ20年ちょっとしか生きてないし、それは正直ようわからん。そんな生き方、聖人君子やん。
できるよ。自分次第やから。コツはなあ、愛されようと思わんこと。愛情は与えるもんやで。
最後に:父なりの人生の楽しみ方
インドア派なところは父さんに似た気がするけど……私は父さんみたいに毎日朗らかに過ごせてるわけじゃないし、なんならむしろうじうじ悩むことが多いで……。
そりゃあ嫌なことも悲しいこともあるよ。でもまあ、それを考えてても気分は落ち込むばっかりや。マイナスなことはいったん置いといて、今の状況に合わせて自分がやれること、やるべきこと、目の前にあることを一生懸命やって、悔いのない日を過ごす。それを繰り返すだけやな。
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最後に縁起でもないことを言い出したので笑えないながらも笑ってしまったが、一緒にいるとすとんと気が抜けるような雰囲気を持つ父は、家族としても他人としても、なんだか不思議な存在だった。
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おまけ
父が仕事の合間に趣味で勝手に作っている「ピアノ小物」をちょっとだけご紹介。
・小物入れ
・黒鍵ボールペン
・ハンマーヘッド(ピアノの部品の一部)キーホルダー
これらの小物類、メ〇カリとかで売ったらどうかと提案してみたところ、「3500円とかで売れるかなあ」とのこと。
高いわ。せめて1500円くらいにして。
小物作りから筋トレ、ジャズドラム、ロードバイク、アニメ鑑賞まで、多すぎる父の趣味についても聞きました↓
最後まで読んでくださってありがとうございました!
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